最近気づいたことだけれど、私は「嬉しい」とか「楽しい」といったポジティブな感情を感じることがあまりないようで。
というか、ここ十数年ほぼ皆無と言っても良い。
「ツラい」だとか「悲しい、苦しい」といったネガティブな感情はほぼ常に毎日のように感じているのに、偶に起きる多分ラッキーでハッピーな出来事に対して全くと言って良いほど感情が動かない。
大変有難いことに、現在の職場ではお褒めに与る場があったりする。
それも、会議で大多数の職員の前で賛辞を与えられることすらあるのだけれど、ただただ困惑するきりで、まさに「こんな時、どんな顔をすればいいのかわからない」状態なのだ。
普通なら、誇らしく嬉しく思ったり、自分へのさらなる励みとしてプラスにするのだと思うのだけれど。
というか、少なからず褒められているのだから何かしら思うのが普通だと思うのだ。
けれども私は、その賞賛をどう受け取るべきか物凄く悩んでしまう。
「……で、そんな風に褒めて私をどうしたいのか」
「その賛辞の裏の意図は何だ、そんなことを言って私をどうしたいんだ」
「全く持って、そんな発言をする意味がわからない」
常に一事が万事こんな感じである。
また、私は多分楽しいんだろう盛り上がりの場ですら「楽しい」と夢中に楽しむことができない。
というか、「楽しい」って何だっけ状態だったりする。
端から見たらそれはもう大笑いして場が大変に盛り上がり、皆々が笑顔満面の場ですら、心のどこかが止水のごとく凪いでいる。
果ては「この店の予約時間何時までだっけ」とか常にタイムキープをしているか、誰それのコップが空だとか皿が空だとかが気になり、ついでに誰かが話の輪に入りにくそうにしているから声かけるか、なんて考えていて、その上で「楽しそうな顔で笑ってなきゃ」と表情筋をフル活動させるので、「楽しい」どころではない。
夢中になって取り組んでいるはずの趣味ですら、どこか心の中でまったく「心動かない」場所が冴え冴えとある。
一事が万事こんな状態であるから、それはもう人生で楽しいだとか生きがいだとか、そんなものを感じられることがなかなか無い。
半面、苦しいだとかツラいだとかいうのは常々日がな一日感じ続けているから、正直生きているのがただただ苦痛である。
そんなこんなをしていたら、大人になって生きがいとか遣り甲斐を感じることが出来なくなり、仕事や生活、人生に影響が出てきてしまった。
どれだけ頑張って取り組んで、他者から評価を受けるようになっても、「だから何?」としか考えられないようになったし、もっぱら評価として素直に受け取れるものが金銭だけになった。
その金銭すらも、不景気のあおりで満足に貰えなくなったら、私をポジティブに鼓舞する存在がなくなってしまったのだ。
ここまでくると、何のために生きているのかわからない状態になってしまい、果ては「金銭的に評価を与えられない自分は駄目な人間だ」と思うようになった。
謙虚さを美徳とした社会の弊害
もともと日本社会は、プラスの感情を素直に表現したり受け取ったりするのを抑えるところがあるらしい。
それこそ、褒められたら謙虚に受け止めなきゃいけないし謙遜して「そんなことないですよ」と返さないといけない。
脇目も降らず夢中になって楽しむのは子どものすることで、大人になったらハメを外さずに周りに迷惑をかけない程度に楽しまなければならない。
大喜びして全身で「嬉しい」を表現するのもはした無いとされてしまう。
私はこれまで、大変運が良いことに勉強だったり素行だったりではお褒めに与ることが多かった。
そこまで苦労しなくても成績は上々だったし、表彰されたりすることも多かった。
けれども、素直に喜ぶと「〇〇ちゃんは出来なかったんだから喜んじゃダメ」だとか、「○○できない人もいるんだから、嬉しそうにするな」と言われたし、何より出来なかった人間からの嫉妬や逆恨みで理不尽なことをされることが多かった。
いつからか「嬉しい」という感情は自分の中でタブーになっていたと思う。
「楽しい」も、夢中になっているといつからか「調子に乗っている」と叱責を受けるから、と湧き上がる心を押さえつけるようになっていた。
そのうち、「楽しい」がわからなくなった。
正直、勉強するのだってやればやるほど成果が出ることは楽しかったし、そうやって取り組みが評価されるのは嬉しかったです。
それでも、喜べば理不尽な抑圧を受ける。まさに「出る杭は打たれ」た。
私のような介護の世界に携わる人の中には、
「利用者からの感謝や満足が遣り甲斐であり、誇りだ」
といった利用者のレスポンスによって肯定感が高められてやる気に繋がる人間もいるのだけれど、それすら
「そもそもお金を払ってあちらはサービスを買っているのだし、感謝もなにも、一定の質をもって利用者の満足に繋げるのは当然だろう」
とか考えるため、利用者のプラスな言葉や態度がこちらのパフォーマンスに対する枷にしか思えなかったりする。
「これだけ言ってやったんだから、次も満足させろよ、失望させるなよ」
といった具合だ。
ここまで書いてきて、うーん、これはさぞかし毎日がつまらないだろうなぁと客観的にも思います。
以前にも書いたけど、私を縛る枷というかコルセットが多すぎる。

そしてこの枷の解き方を私は知らない。
プラスな感情が少ない日々は、マイナスな気持ちに削られるばかりで、自分を肯定し、持ち上げてくれるモチベーションが無いので、何をするにも気力で無理やり自分を持ち上げていかないといけないし、毎日墜落しないように必死に生きるのはなかなか疲れてしまうのですよ。
ポジティブな感受性が鈍いというのは、ひどく人生をつまらなく苦しくさせている。


