ニート・ひきこもり就労

理由は無いのに本気で仕事したくない原因を考えてみた

ニート・ひきこもり

遂に貯金も底を付き、経済的余裕も何も無い。
けれども心から「仕事に行きたくないーーーーーーーーッ」と叫んでしまう現況。

何故、どうして。
職場も超絶ブラックという訳でもなく、むしろ業界では恵まれてる方で。
人間関係も普通、やりがいはこんなモンだと思ってる。
のに、心の底から仕事に行きたくなくて、起床困難を拗らせ、遂に起きれなくなりました。

仕事をしたくない原因が見当たらない

いわゆる仕事に行きたくない原因に当てはまらない

 

ブラック企業ではない

これが不思議な事に、業界はブラックながらも、職場自体は残業はさせないようにマネジメントされてるし、パワハラなんかも、ちゃんと相談出来るようになっている。
端から見たら、整備された環境だと思う。

 職場の人間関係も普通

私が居心地が悪いだけで、業務を遂行する分には支障ない程度の、円滑さはあると思う。

仕事の適性はむしろ高い

これ、職場のひとから何度と言われてるから、そうなんだろうと思う。
客とも円滑にコミュニケーション取れてるし、問題無い程度に仕事は出来ている。

えー、じゃあ何でと言われると、もっぱら自身の中に問題があるんだろうとしか思えない。
外側には、問題が見当たらないのだ。

どこに行っても「辞めたくて仕方無くなる」病になる

そもそも保育園児の頃から大変だった

保育園の時分より、通園拒否、遅刻常連、起床困難ではあった。
不眠もあったが、朝とにかく起きられない。
無理矢理起こされるも、保育園に行きたくないと泣き喚き、衣服の着替えすら拒否する始末。
あらま、今と変わらねえ。

自発的起床が出来るのが限られた条件下

これが問題。
自分で立てた予定だと、起きられる確率が高い。
他人から与えられた予定だと、起きられない。
学校も仕事も、自分からはミリも行きたくないので、後者にあたり、全く起きられない。

そもそも仕事をして生き長らえることが虚無

じゃあ、自分から「働くべき」と思えれば良いのだが、これすら、生きる気力が低いのもあり、即「じゃあ死にます」とかなる。
働くor DIEってなるのか、と言うと、人生の中、いつまで続くか分からない苦痛に終わりの見えない苦役、かつて、食うなと言われてハイと栄養失調で倒れた人間ゆえ、やる可能性はある。


でも食って生きてるじゃん。
まさにそう。自分でも矛盾過ぎて、嫌。
生きる気力は無いけど、死ぬ気力も頑張れない。
何も頑張れない、気力が底辺過ぎて、踏ん張れない。

やりがいを感じにくい

自分の価値=稼いだ金額
低賃金重労働の介護職。
こんだけ頑張っても、余裕なく、虚しいなかで。
賃金が自分の価値とイコールでガッチリ、むしろ他に自分の価値を証明出来る物が無い。
低賃金→無価値
の構図の自己認識にはなる。ツラい。

自分が生み出した労働が給与と結びつかない

これ、結構ある。
言語化しづらいが、「労働=給与」って構図が、結びつかないと言うか。
「これ、自分で稼いだお金で、そのおかげで生きてるんだよ」
って感覚。
ここがフワフワしてるし、生きるには足りないのもあってか、「全力を尽くしてすら、生きるに足りないって、なんの為の苦役だったんだろう」と、働くのがきつ過ぎて、お賃金頑張ろう!ってなりにくっちゃなりにくい。

以前書いた「天職ジプシー」の話のように、どこに行けども「コレジャナイ」感があり、腰が落ち着かないのもひとつ。
じゃあ、好きな事で収入があれば良いのかと言うと、好きな事以外の雑務はしたくもない苦役故、仕事でやるのも「コレジャナイ」。

そして、自分を就労する事自体に納得させられずに困っている。これは心底困っている。
普通なら、生きる為に稼ぎを得る事に、疑問は無いし、どこかで納得して日々通勤出来るそうだ。
私の場合、自分が「仕方ない働くか」とハラオチする前に、どうにか働かずに済む方法が無いものか、本気で考えてしまう。

将来への不安と絶望感

そもそも、お金もなく家庭も不安定、先行き不透明で、健康不安もあり、ましてやネットの人間関係も拗れて不快。
こんなに不安と悩みがいくつもある状態だと、仕事なんて行ってる場合じゃネェ!!と、意欲を仕事に向けるのが難しいのもある。
我々が快適に仕事に向かう為には、悩みの解決まで行かされど、吹っ切ってしまう程度には、気持ちが軽くなってなければ、集中は出来ない。
仕事に心を向かわせるのに、体力も限界で、かつ環境が不快過ぎる、それも大きな一因かもしれない。

私が仕事に行きたくない理由

ここまで考えてみて、たぶん私の思考は

「そもそも、体力気力共にギリギリの状態。」

「その上で、限界まで振り絞って労働に従事したのに、基本的な生活すら出来ず、不安も残るわ、幸せも感じられていないではないか。」

「なら、そんなことそもそもしたくない。」

という極論ゆえに、勤労が苦痛になっているのかも、と思い至った。
これ、朝起きるのが出来て、行くこと自体に難が無いと、「何で起きなきゃアカンねん。」の段階が無くて少しラクなんだろうか。
そもそも起きれりゃ、普通の就労が出来て、普通に生活も出来る稼ぎが得られるのかもしれない。

などと話をしたら、弟に「稼がなくても年金貰えてすぐ死なないから、そんな事言ってられるんだろ」と、甘ったれてると斬り捨てられたのは、また別の話。

まあそうね。でなきゃ、とっくに死んでますね。

とは言え、普通に嵌まれない、起きられない人間の苦痛は分かるまい……と、生きてる時間、ずっと睡眠困難で苦しんできたので、ただ甘えと斬り捨てられるのは哀しい。

もし、どんなに検索しても仕事行けない原因が見つからない、「これじゃない感」があるひとの中に、私と近いものを感じられたひとが居たら、御の字。
この広いウェブの世界ですら、自分の悩みが一個も当てはまらない、そんなひとに届きますように。

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