死にたいという感情が背中に張り付いて離れない
朝起きて、いっとう最初に思うのが「死にたい」なのだから、一日の始まりから終わっている。
これから職場に、退職届と診断書を提出しに行く。
有給休暇の消化も申請して、荷物を持ち帰ったら、もう二度と職場には向かわないつもりだ。
社会人としての迷惑だとか、散々悩み抜いたけれど、そもそもそんなに緊急性を持った退職騒ぎになるまで、追い込んで苛め抜いて改善もしなかった職場に、自分だけ義理立てるのも馬鹿馬鹿しい話で。
考えてみれば、マトモな職員が相次いで職場に愛想を尽かして辞めていくなか、客が不幸になってはいけないと、我慢し続けたのだから我ながら馬鹿である。
医師にストップを言い渡されて、やっとギブアップ出来るのだから、一番自己管理のなってない。
上司には「まあしょうがないよね」と言った風に退職届を受理された。
しょうがないと思う程度には、私の状況も分かっていたとのことだが、改善できなかった、とのこと。
すんなりと受理してもらえて、特に揉めることもなく、荷物をまとめて職場を後にした。
もうちょっとサッパリ晴れやかに解放感で満ちるかと思ったけれど、そんなこともなく、何となくグッタリと呆けながら帰宅した。
そうして辞めてみて実感したのは、辞めたら心身共に身軽になって、すぐさま次に向けての行動に移れるかと思っていたものが、現実には、心身共にこれまでの我慢して蓋を押し付けていた疲労困憊が滲み出るように溢れ出して、それを回復するのに精一杯ということだった。
仕事をしていた時の緊張と興奮が引かないから、何かしなければ、という焦りだけは凄まじく、思考で溢れかえって滅茶苦茶になる脳味噌を薬で抑えながら、それでも駆け出しそうになる自分。
けれども、身体はグダグダに疲れているから、顔色が土紫色になって浮腫みでパンパンになりながら、それでも心は焦って「何をしなければ、これをしなければ」と思考だけが先走って、でも身体は追いつけなくて更に焦っての悪循環に陥った。
頭だけは冴え冴えと興奮状態で休めず、余計に回復が遅れてしまう。
こんなにボロボロになっていたのに、なんで我慢して職場に居たのか。
渦中に居る時は、自分がボロボロなのも自覚できなかったが、いざ辞めてみたら、自分のボロボロ具合が顕著に感じられた。
医者に止められなかったら、ボロボロを更にズダボロにして働き続けていたのだろうか。
自身の「NO」に気づけないと言うのは、生きづらいとか何だとか言う前に、ハード面である身体と言うガワをダメにしてしまうんだなぁと、今更ながらに思った。
精神論とか根性論とかそう言う前に、ガワがダメになったら駄目なのだ。
ガワを壊すような我慢は美徳ではない。
大局を見よ。
一時の根性論のせいで、死ぬまで使い続ける身体を駄目にするのは馬鹿なのだ。
それにしても、いざ休もうとすると「休み方」が分からない。
寝転がってボケっとして良い状態でも、脳味噌があちらこちらと色々なことを考えてしまう。
何ならポンとアイデアが浮かんで、「ああ、これをしなければ」と脈絡なく動こうとするから、家の中も頭の中もしっちゃかめっちゃかである。
やり途中で放置したガラクタだとか、衝動で買った何かの道具だとかがあっちこっちに溢れかえっている。
それで、ふと朝、目が覚めた時思うのだ。
「何だかあれもこれも面倒だなぁ。死にたいなぁ。」と。
「あれもこれもしないといけないけれど、とりあえず死んだら何もしなくて済むよなぁ」
「目の前のこと全部放棄して死にたい」
そんな風に思うのだ。
疲れた脳味噌はブロックも拾えない
そんな風に三ヶ月ほど過ごして、最近ようやく、自分が片付けて行かなければいけない問題のタスク分けが出来てきた。
一ヶ月目はやりたい事、やらなければいけない事がこんがらがって、目の前にブロックがドサーッとぶちまけられたみたいな状態だった。
メチャクチャになった目の前に絶望しながら、パニックを起こしていた。
二ヶ月目はひたすらに、泥のように湧き出る疲労と疲弊した脳味噌の休息で費やされた。ここでようやく身体が悲鳴を上げて休むようになった。
三ヶ月目、広がったブロックの手近にあるものの形が少し、見えるようになった。
兎にも角にもひとつずつ消化していくしかない。
そう思って、ドデカい問題は後回しにして、目の前のタスクをとにかく消化していくことにしようと思えるようになった。
そうやって、ひとつブロックを手に拾うまでに三ヶ月かかった。
それを箱に片付け始めようと思えるのには、三ヶ月の休養が必要だった。
脳が疲弊してバグってたんだなぁと、今なら冷静に考えられるけど、ストレスの渦中に居ると自分のメチャクチャ具合ってぼやけて気付かないものだ。
今でも、ちょっと気を抜くとすぐに脳味噌がバグって、ああ、あれもしなければ、これもしなければ、いや面倒臭いから投げ出して死んでしまおうか、と思ってしまうから、自分のペースを守ることを前提に、のたくそと這いずりながら生きている。
そして、自分のペースを守るためにも、自分の快不快に注意を向けるようになった。
なぜなら、ここのところ、不快を我慢すると身体が悲鳴を上げて、逃げ入るように眠り込んでしまうようになったからだ。
何でもかんでも不快から逃げ惑っているわけではなくて、「この不快は我慢できるか?」を己に問うようにした。
「我慢しなければいけない」ではなく「出来るか?」なのだ。
ここに重大な自己の思考を入れるようにした。
注意しなければいけないのは、「他者の基準」を混ぜ込まないこと。他人が我慢しろと強いるものや、世間的に我慢するものとされる価値観はここでは慎重に排除しなければならない。
そうして、世間的には無職の穀潰しとして生きてはいるが、あれだけ頭の中を占領していた「死にたい」という念が、非常に小さくなってきていることに気づいた。
腹括って生きるなら無職もまた人生の一過
そもそもが、「この齢になっても職に就かないのは世間様に恥」と言う強迫観念からの就職だったわけで、その時点で「他者の基準」なのだ。
もちろん、職に就いて後悔はない。重要な経験、独りきりでは決して得られなかった経験が積めた。
だから、人生の一過の中で一度は就業はした方が良いと思っている。
ただ、どうあってもキャパシティオーバーになるような状況は、グズグズと続けていても後に撤退せざるを得なくなるので、身体を壊す前に逃げた方が良い。
そのためにも、自分が「これは出来るか?」と自分の思いで問いかけなければいけない。
自分の基準でものを考えるのは、非常に怖い。
この選択は、正しいのか、間違っていないか。後悔しない選択か、とても難しい。
けれども、ある程度生きていて思うのは、「自分で腹を括って選んだ結果でないと、いつも誰かの責任にして生きなければいけなくなる」。誰かの「せい」にして生きていくと、その内辻褄が合わなくなって、誰のせいにもできなくなった時に破滅する、と言うことだ。
言い訳をしながら生きていくと、資本が尽きた時に破滅しかなくなる。そのことがぼんやりと見えてきたからこそ、選択肢の現れた時には、「腹を括る」ようにしている。
自分の意思って、最高に自己責任であって、そこに誰かの「せい」が出てくるなら、既に自分の意思じゃない。
職場を辞めて三ヶ月、ようやく腹を括って再スタートしようと思えるようになった。
とりあえず次の課題はキャパオーバーを「断れる」ことだろうか。


