就労

元ニートが滅茶苦茶に頑張って2年ちょっと働き続けた結果

就労

必死に頑張っても何ひとつ報われない日々

心臓が針で突き上げられるような、締め上げられるような、そんな苦しさが常に襲うようになってかれこれ数日。
無理が限度を超えた感覚は半年前くらいからあったけれども

「このネガティブの波を超えてしまえば、なんとかやり過ごせるだろう」

そのくらいに思って、胃の底からくるストレスや過呼吸なんかを宥めすかしながら勤務を続けてきました。

時々、運良く12時間とか一気に睡眠が取れるとか、月経の関係で非常にホルモンが安定したなんて時もあって、そんな時は妙なポジティブ・ハイになるので

「ほら、やっぱり睡眠不足と自律神経の乱れが悪いんだよ」

と、普段疲れ切ってグダグダして何も出来ない分を、そこで取り返そうと躍起になったりして。
そんな感じで、雇われ仕事で十全に稼ぎを得られない分、クラウドソーシングワークに励んだり副業の構想を練ったりと、とにかく何かに追われるように地に足着く暇もなくアレもコレもとひっきりなしにやって半年。


きっかけは恐らく、母親への「援助」の増額を無心されたことと、元引きこもりの従兄弟がスルっとバイトを辞めてきたことから、我が姉弟が負担する金額がガッと増して、常にキリキリしながら生活することを余儀なくされた、そんなところだとは思うんだけど。

要するに、「働けど働けど我が暮らし楽にならず」状態が外から持ち込まれて、それこそ

「何でお前らの為にこんなに身体が苦しい思いして働いて毟り取られてるんだろう」

と我に返ってしまった辺りから。
常に虚しくてやるせない気持ちでいっぱいで。
そもそも、外で他人の顔色を常に伺いながら職場に居場所も感じられず、ずっと緊張しっきりで働いてる状態で、帰宅したらヘトヘトで放心してるような生活なのに。
なんだろう、私本当に何のために生きているんだろう。

そう思ったら、夜は眠れないし日中も常に過呼吸気味で心臓が苦しい、そんな状態になってしまいました。


他人への恨み辛みしか吐かないで、日がな一日寝っ転がってテレビかアプリゲームに興じている母親と。
完全にネトウヨ化している上に、女性を見下して私の仕事も「底辺職www」と馬鹿にしながら日がな一日ネットゲームに興じている従兄弟。
そんな従兄弟に過保護にベッタリで何も反論しない叔母。

それらが「お金がない」と言いながら、私たち姉弟の財布から毟り取っていく。


いや、まあ単純に考えれば「逃げればいいじゃん」って言われてしまう話なんですけどね。
よく、毒親関係のアドバイザーなんかは「とにかく距離を取りましょう」って言うもんね。
ただね、私も元々ニートからの社会復帰が大変だったし、経歴は長期空白ありの謎だらけの身なので、

 

「他所の土地へ逃げても別の仕事探せる自信がない」

「そもそもやっと今の自分にとって好条件の仕事に付けたのに、次なんて見つかるのか」

「てか、それこそ何で私何も悪いことしてないのに、私が融通してやらなきゃいけないんだ」

 

って思うと、サッと逃げることに難を感じるというか。
特に、私は起床困難が半端ない故に、朝からの固定勤務がどう足掻いても無理だったし、それで大変に挫折してきたので、今の状況を変えるのはやっぱり難しい。


で、そんな八方塞がり状態の末、医者から診断されたのは
「鬱の重症化」
ってことで。
正直、ニートが焦って頑張って働いても、その後の環境が悪いままだと意味ないんだなー
とは大変に実感したことでございました。

私の場合は自身の感じ方や周りへの緊張、考え方が改善できないままに無理をして勤務し続けてしまったこと、毒親が大変に毒親でしかも環境が悪化したこと、「頑張ったことによる報酬」が搾取されてしまったこと、未来への希望が感じられないこと。

この状態で無理をし過ぎた結果、やっぱり病んでしまいました。

こんな状況でニコニコと毎日を過ごせる程、私はお人好しでは無かった。

 

まあ、この社会はこんな状態のひとばっかりだけどね。
というか、上の状態ってまさにこの社会の縮図だよね、とも思ってしまうわけですが。

だからって、他人様もツライんだからと、私個人が辛くないわけではないんで。
ツライもんはツライです。
「こんなこと考えるのは甘えだ」
なんて自分を鼓舞しながら頑張ってきましたが、さすがにいや、もう無理です、勘弁してほしい。

 

毒親持ちニートが仕事を長く続けて行くには

もしこれから社会復帰を考えているニートがいたとして、
「あなたがもし家庭環境に半端ない難を抱えているのなら、お金がある程度まとまった時点でその家を逃げなさい」
ってことは言いたい。

 

毒親だったり、とてもじゃないけど仕事に集中できない状態で会社に通い続けるのって、それこそ経験値の少ないニート状態のひとには、無理が過ぎると思いました。
会社勤めで覚えなければいけないことが満載の中で、かつ毒親の問題を片付けながら、毒親から与えられるストレスに対応していくのは、心身の負担が半端なさ過ぎた。

 

なので、毒親持ちのひとだったりするなら
「先ずは逃げてから、もしくは逃げるのを大前提に就職」
ってのが良いのかと。

 

若いならともかく、毒親を養いながら少ない給料やりくりしながら、自分の鬱をいなしつつ自分の老後も心配して、かつ職場環境に馴染む努力をする、なんて無理中の無理です。
特に高齢になってしまったニート、引きこもりは、今後親の介護の心配もしながらなんて、無理ゲー過ぎる。
背負うものをどっさり抱えたまま、どこにも頼れない状態では、長い目で見ていつか自分が壊れるので。

 

ニート支援はそんな単純な話ではない

とにかく職につくことを、ニート支援では持ち上げられます。
働けば万事解決じゃないです。
この問題の闇はそんなレベルじゃない。

 

それこそ税金の使い道から福祉のありかた、連鎖する貧困と脱出できない社会システム、そして社会に蔓延する不安の正体。
どうして毒親が毒親たるのか。
そこから根本的に掘り下げて取り組まないと、本気で「働いてみたけど常に生きづらくて苦しい」ひとだったり、就職はできたけどすぐに大挫折して引きこもりに戻る、そんなんばっかになる。

 

そもそも、働いている「普通のひと」が未来に希望を持てていない時点で、前述した私のような鬱々とした状態にある社会です。
それこそ

 

「なんで一部の社会保障のご厄介になるような人間の為に俺たちが未来に希望もなく働かないといけないんだろう」

 

ってなっている。
そこから「普通のひと」たちが自己責任論に行きたくなる気持ちも十分分かる。
だから「さっさと働けよニート共」って気持ちも、そんな社会の空気に圧倒されて苦しくなるひとが増えるのも、どっちも理解できる。

そもそも、なんで今の社会は普通に働いているのに「未来に希望が持てない」のか。
そんな現状を「不景気だから仕方ない」と思考停止しているのがまずまず問題なんだろうな、とは思う。

 

じゃどうすりゃ良いんだよ、って言うだろうけど、多分に政治とかちゃんと関心を持ってきちんと動向を見張るだけでも違ってくるんじゃないか。

 

政治に関心を持つってのは、自分と社会の繋がりを意識することでもある。
信号機一つが狂いなく動いて、車が順々と動く道が整備されていること。
そもそも水道水が家庭まで届いて、今日もトイレが流れること。
そのひとつひとつが、政治が機能してきた成果で、自分の生活が成り立つその根幹で、さらに枝葉を広げていけばゆくゆくは、法の問題だとか世界情勢とかそういうものが影響して……と、全部が全部自分に直結してるんだと。

 

そういう意味では、社会と分断されていると言われるニートだろうが何だろうが、生きている以上は社会と密接に繋がっているんですよね。

 

だから、社会が「働けニート共」と言うのなら、「じゃあ、ニートが働きに出れるだけの環境を整えてくれ」と言う権利だってあるわけで。
そこを資金的だったり物理的に可能か不可能か、すり合わせていくのが本来の議会の場なんだよね。
現状は、お互いがすり合わせる気もなく言いたいこと言ってるだけで、噛み合ってない。


話は逸れましたが、とはいえ、なにはなくともお金を持ってるとできることが増えるのは事実です。
だから、議論をすっ飛ばして「あなたが一足飛びにラクになるのは、就職してお金を稼ぐことですよ。」となるのも仕方ない。
そもそも、金銭的に貧窮していたら「働かない」という選択肢自体が消えるので。

 

ただ、問題が複雑化しているニートにとっては、家庭の問題から老齢福祉、社会保障etc.と総合的複合的に支援していかないといけなくなる。
就職して金銭的にプラスがあっても、背負う石塊が全てのプラスを削ぎ落として消耗させていくならば、最終的にたどり着くのは心身の崩壊です。
就職支援だけでは、個人が幸せになるのは到底無理でしょうよと。

 

検索履歴が「疲れた」「死にたい」ばかりになる日々に

私のGoogleの検索履歴は段々と疲弊してく己と並行して、ツライ死にたい生きていたくないのオンパレードになっている。

 

それこそ、毎度毎度検索するたびに、厚生労働省の自殺予防コールセンターへの電話番号がトップに躍り出てくるのだ。
そしてその電話番号をスルーして、解決にもならないページをひたすら巡る夜を過ごしている。
どんなに頑張っても報われない、消耗しかしていかない現状への解決の手がかりは、何ひとつ見つからないのだ。

 

マズローの欲求5段階説における、下から二段階目の安全欲求が満たされていないのが、今の現状。
え、これもはや生物ってだけではないですか。
行きづらいとか云々以前に、そもそも人間として生きていく承認すら得られていないのでは?

私含め、こんな人たちが蠢く現代。
そもそもが、社会という毒親の下で生き喘いでいる状況からの脱出は、もはや不可能なのかもしれない。

 

そんな絶望の中、日々の食い扶持を得るための労働は、ひたすらに辛いとしか言えないのだ。